存在証明・最終話
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二ヶ月が過ぎた。街はクリスマス一色。サンタやクリスマスツリーのがいたるところで飾られ、トナカイの衣装や、サンタ、星のマークのなにか、変装グッツで溢れている。いや、ショーに呼ばれて来た大阪の街を歩くとそれらを身にまとった男女も沢山。大阪の楽園本店のキングが企画したクリスマスのイベントでSMショーをする。夜の八時から。今回は沙羅でやるが、ナクも連れて来た。ショーが終われば、楽園での二次会に参加する予定だったし、ナクもキングのファンなので連れて来た。会場入りは夜六時位を予定していたので、まだ六時間程あった。
キタにあるトッケホテルは定宿で大浴場がある落ち着いたホテルだ。楽園にもショーをやる懐かしい名前のディスコ、いやクラブか、そこにも近い。五分で歩ける。シンプルだが落ち着いた家具が配置された部屋で、沙羅は全裸に黒い鼻フック、口には黒いボールギャグが嵌められ涎を垂らしている。黒い首輪は本人とは違い太くてがっちりしたものをあえてつけている。リードのチェーンはドアノブに縛ってある。両方の胸の突起には最近お気に入りのボディーピアス。そこに両方ともローターを固定してスイッチは最強。腰をペタンと床におろしているが、両足はボンテージテープの黒でいわゆるM字開脚の状態で、女性自身には有名な電動マッサージ機が固定されている。おそらく何度も達している。しかし、ショーが始まるまで、女性自身に、いや、沙羅に触れてやったりはしない。沙羅はある意味ステージに立った時、トランス状態に追い込みたいと思っていたからだ。
だから、自分は入口正面に椅子を置き、左手だけを後手に縛られたナクに男性を咥えさせている。ナクは部屋のバスルームで先ほど自分の尿を洗面器に出すところを見せ、そして自分の為にそれを頭からかぶって彼女自身を慰めて見せた。すべて自分が命令したことだが、蜜柑がいなくなってからのナクの成長は著しい。全裸で縛られて、座布団の上に電動マッサージ機を置き、そこに女性をあてがって座り、自身の尿臭にまみれて男性を舐め上げるナク。ナクは今では男性を口にするだけで達するようになった。身動きの取れない陰核でしか逝けない沙羅の前で男性を咥え、何度も痙攣するように達するナク。それを見るたびに言葉らしきものを発してよがり狂う沙羅。それを無視しているかのように自分は羊や鼠の出てくる話を読んでいる。何度も読んだ小説だが、ファンタジックな要素も、心理描写もたまらなく好きなのだ。しかし、実際には、読む体裁をとりながら、二人の手首の色や、筋肉の動き、呼吸の荒さ、涙の量、脚の震え、足の色の変化などを見ている。限界は自分が思っているより先にあるが、限界が来てから縄をほどいては遅い。固定された鼻にフックの痣ができては社会的にも問題がある。必ず女たちを見ていなくてはならない。そして見ていたい。
沙羅もナクも、世間では間違いなく美人の部類だ。そして自分に残された大切な宝物でもある。それを自分は忘れない。総てを賭けて自分などの奴隷になる女がどれ程貴重で得難いものなのか忘れてはいけない。二四時間、三六五日、忘れてはいけないのだ。どんなに新しい奴隷候補が現れても、何人に縛ってほしいと頼まれても、本当に自分のそばにいる女の価値を忘れるような男はサディスト以前に人として出来ていない。その確認の為にも、より強く虐げたくなる。縛りたくなる。痛みを与えたくなる。逝かせたくなる。辱めてオトシメテ、所有したくなる。奴隷でも、パートナーでも、ペットでも家畜でも、どんな表現でもかまわない、その大切さを、その愛おしさを掌から溢してはいけない。彼女達が自分の空の中を飛べなくなるか、離れたいと言う時まで。願わくば、その日が来ない事を望みながら。
キングのことは「蒼星さん」と呼んでいる。業界での名前だ。今回のイベントはオープニングアクトが蒼星さんのショーだ。間にポールダンスや蝶々さんの空中パフォーマンスや、マダさんのドラッグクイーンショー、マジックショー、若さんの緊縛ショーなどがあり、最後に自分の出番だ。ネームバリューで測れば、中々自分がラストを飾る事はないのだが、蒼星さんの何らかの励ましなのかと、仕事を受けた。感謝。
白いスポットライトだけになったステージに燕尾服姿の蒼星さんがトランクケースを重そうに持って、いや底のタイヤを転がして現れた。荘厳で憂鬱な曲に合わせて。黒いイスとテーブルがステージ上手の方にあり、そこに腰かけるキングはまさに風格的にもキングだった。ワンスポットの明かりの中、トランクを開けると、中からメイドの格好をした小柄な女性が出てくる。キングの前で立ってお辞儀をする。三秒程時間があり、キングは鞭を振るう。跪かない挨拶に対する罰なのだろう。女性は打ちのめされ、跪き、キングの靴に口づけをした。首を縄で固定され、それを吊り床のカラビナに結ばれた。右の頸動脈だけがしまるようになっている。程よい苦しさがあるだろう。女性は震えながら立っている。その状態でメイド服の背中のホックかファスナーが全部はずされて、上半身がむき出しになる。スカートも下ろされる。白のブラと白のパンティー。白のニーハイソックス。ピカピカの黒い靴。音楽が、映画調のゴージャスでスリリングなものに変わり、観客を煽る。SMショーの醍醐味の一つはやはり緊縛シーンでもある。キングは風格たっぷりに女の子をブランコに乗った人のように吊り上げ、脚に蠟燭を垂らしていく。やがて、胸から肩へ。両足を高く吊りあげ、ポジションを変えると、腰の支え縄も高めに設定する。そして胸の吊り縄を外すと、逆さまに吊られた蠟燭だらけの美女が浮かび上がる。赤い照明のなか、一本鞭は嵐のように降り注ぐ。
女性を降ろして縄を解く。二人で床に座ると燕尾服のキングに寄りかかり、抱きつき、泣きじゃくる女性。キングが一本鞭を彼女にもたせ彼女の右手と自分の左手を繋いだ。そして、まるで二人の絆を完成させるかのように鞭の先を彼女に持たせたまま、繋がった手に巻きつけていった。会場全体が泣いた。SMをやるものなら分かる、それだ。絆と、そういう風にしか確かめあえない二人の「言葉にすれば嘘になる想い」に心をうたれるのだろう。曲がアベ・マリアになり、キングは女性に服を着せ、静かにトランクに彼女をしまった。一つの大切な物として。
立ち上がり、ステージのセンターにトランクを運んできて、お辞儀をするキング。万来の拍手。会場二百名が総立ちで拍手する。トランクから女性を出す。もう一度、お辞儀を二人でする。会場の女性たちの感涙。再びの拍手。そして二人は上手へと戻って行った。
楽園のイベントには色々なジャンルのパフォーマーが出る事が多い。今回も正にそうであり、笑ったり、驚いたり、泣いたりさせられる。若さんのショーの間に前室で準備をして、出番を待つ。沙羅はいつも緊張するらしい。ショーの前は必ず少し震えている。ナクは観客のほうへ行って座っているのだろう。自分は、緊張しない。ショーは楽しいものだから。いつものように沙羅を抱きしめた。今日、初めて沙羅に触れた。腕の中で沙羅が融けて行く。瞳が緩み、自分の方をむいてやや唇が緩み、キスをせがむような表情になる。キスをする。ゆっくりと、だが確実に沙羅の心の奥の淫の芯に炎が灯る。今日のショーはOLと上司のSM関係を表すものだ。不届きだが、深く情を示すものでもある。暗い全体の中、白く薄く照明がつき、首に縄を首輪のようにつけられた沙羅が、自分に引かれてステージへと歩き出す。曲は静かなフュージョン。なき犬のようなギターの響きが夜の都会を感じさせるだろうか。センターにたどり着き、ゆっくりと衣服を脱がされる沙羅は、脱がしている自分からみても十分にエロスを醸し出している。下着姿で晒され、縛られてゆく女、沙羅。
やがて、横吊りで空中に晒され、蠟燭の雨を浴びる。可愛いが切なく、小さいが良く響く声が会場にコダマスル。曲はそのころにはパット・メセニーになる。
吊るされたその縄に蠟燭が挟み込まれ、蠟を浴びたまま揺らされる。揺らす。つい笑いが込みあげて、素直に笑った。楽しいからだ。自分の所有物をこれほど自慢できる空間などない。沙羅の美しさにみんな気絶すればいいと思う。
鞭を入れる。キング程は入れない。時間の問題があるからだ。多くのSMショーは三十分くらいのことが多いが、今回もそうだ。後の演出の為に時間がかかる構成にしている為に、鞭の見せ場は少なめだ。吊りから降ろしてゆったりと縄を解く。あえて、胸の上の縄だけは所有の象徴として残しておいた。
アイマスクで視界を奪い。蠟だらけで、下着姿手立ちすくむ沙羅をステージの真ん中に残す。自分はステージわきの籠から白い布を何枚かもってくる。腰の縄を利用して、ドレスのスカート風の皺を作る。上半身にもサテン地のつややかな生地を巻いて結んでボリュームを出す。頭にベールをつける。観客の一部が泣き出した。ベールの上にティアラをつける。曲がシェリルのビリーブになる。曲だけで泣けるような名曲だと自分は思っている。
見果てぬ夢。SMをしているもので双方が独身で、更に結婚できるものは本当にわずかだ。若年層からSMの世界に入るものが少ないのもあって、大体どちらかが既婚だったり独身主義であったり、他の色々な理由をもっていたりする。だから結婚できるSMカップルはかなり少ない。だからこそ、SMショーの中で、ウエディングドレスを作り上げたのだ。自分と沙羅もおそらく戸籍で結ばれる事はない。
アイマスクをベールの中でそっとはずす。沙羅が自らの格好をみて本気で驚く。沙羅の前に跪いて花束をささげる自分。少し笑ってしまいそうだった。沙羅は静かに頷いてから頬に伝わるものを隠しもせず、優しく頷いた。ポケットから指輪を出して指に嵌める。それからベールをめくって、静かにキスした。観客方向に二人でお辞儀をして退場した。背中から沢山の拍手があって、ステージから前室にもどる通路で沙羅が泣き崩れる。抱きしめたまま十分以上そうしていただろうか。さあ、楽園の二次会に行こう。ショーの評価がどうであれ、こいつはやりきったのだから、胸を張って。
楽園はお客さんで満席というか、はみ出していたが、演者だったので自分達は座らせてもらえた。何人ものお客さんにショーに対しての褒め言葉をいただいた。それから蒼星さんがやって来て久しぶりに話した。
「京は元気になったん?」
「ええ、まあ、見たまんまです。」
蒼星さんは、何も言わず黙って自分の顔と目を見ていた。だから自分で話した。
「なんかね。存在証明が必要なんです。蜜柑が旅立った後、余計にそう思うようになりました。絵本出すのもそうですし。たぶんショーやるのも。」
蒼星さんはあえて聞くように訊ねてきた。
「どうゆう意味なん?」
静かな気持ちで、沙羅やナクの前で答えた。
「自分の元を去って行ったM女達や、蜜柑。あとここにいるナクや沙羅の為にも、ここに自分がいるということ。なんの為に生きているかを示し続ける事。そのために、最高の自分を目指し続ける事。それが、存在証明のような気がしましてね。」
蒼星さんは風格たっぷりのほほ笑みを浮かべて、軽く胸を叩いてきた。
「俺、サドやから、こんな愛情表現しかせーへんねん。京は本当、特別な仲間やで。」
キングの言葉は、どこか、心に沁みた。そして、業界の先輩らしい、色々なSMやその手の人間関係を知り尽くした人の語りかけだったのだろう。そこには、色々こめられていたと思う。矜持、労り、励まし、叱咤、人としての愛もあっただろうか。自分はやはりこの人がとても好きだと思う。そして、尊敬して止まない。
ナクが涙をこぼしていた。沙羅は涙と鼻水をだしていた。
気がつくと自分も両目からずい分流れていた。きっと、胸を強く叩かれすぎたのだろう。
その流れたものすら自分の「存在証明」なのだと。蜜柑、そうだろ。そうだよな。
――――――返事はすぐにだ。いつも言っているだろう。俺を泣かせるな。
完
あとがき
存在証明はSMの世界に生きているもの。そこに居場所を求めたものが、どれほど純粋に「言葉にしたら嘘になる大切なもの」を求めて生きているかを書いたものです。
SMのシーンが沢山ありますが、それは性癖のありようを例として自らの経験を元に描いたものです。しかし、主題はそこにはないのです。
その世界に生きている者が、どんなに純粋なのか、奇麗なのかを世間の人に伝えたかった。
少なくても「口の端にのせるのもおこがましい」訳などないと信じています。
掲載中、沢山の御褒めの言葉を頂いたり、励ましを頂きました。
現在は少しだけ出版のお話もあるので、ここで掲載しておけるもの1か月はないかと思われます。「存在証明」は後に全話削除するつもりです。
現在は沙羅を主人公にしたスピンオフを書いていますが、いつアップできるかはっきりしません。
たとえ、多頭飼いだとしても、一対一でいようとも、Sの人の導き方、Mの人の歩み方によって、心の平穏や温かい何かが得られるのなら、それが一時の止まり木だとしても、この世界は存在する意味があると思います。
もし、最後までお読み頂いたかたで、京や蜜柑、ナク、沙羅に共感していただけた方がいらっしゃれば、UNHCRやユニセフ、国境なき医師団のHPを見てみてください。彼らの思いは自らの幸せと、親も食べ物もない人たちへの人類愛でつくられていたのでしょうから。
画像はほぼ自分で撮影しましたが、最終話はブロ友のこぅじ君にとってもらった私のショーの画像です。ここに画像として出てくれたモデルさん達全員に、深い感謝を捧げたいです。ありがとうございました。ナクの役のYさん。主に蜜柑をカバーしてくれたYさん。沙羅をやってくれたYさん。!みんなYさんってイニシャルやねん!ありがとう。
最後まで読んでくださった皆様に。最も感謝したいと思います。
沢山の応援ありがとうございました。
いつも、メッセージ等でいただきますが、今回に限り、偽名でかまいませんので、コメントで感想などいただければ、至極幸せです。
成れる中で最高の自分になれたら。きっと素敵です。
命羅